asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

なんとか通院終わり

昨日今月の秋田への精神科通院行ってきました。

お盆で実家の母がいないので、寂しがり猫のために弾丸日帰り通院。

 

今年は私にとっては試練の年でして、どうしても受けなければならない研修と職務上必要な研修が連日重なり、かつ出張&通信制大学のスクーリング(これは致し方ないのだが)などなどがあり、つい先日までフル稼働な状態。ようやく休みに入れたタイミングでの通院でした。今年はまとまった休みはなし。

 

しかしながら、経験上、忙しいときよりも、それを乗り越えて期間を置いてからどっと負荷が脳に来るのが常なので、主治医に話すべきことができるのは少し経ってからだな・・・と思いつつ秋田についたら、なんか患者の回転がすごい早いぞ・・・

はい代診の先生でした。

代診の先生に話すべきことは・・・無いので(失礼かしら)同じ処方で終了。

 

しかし、困ったのは次の予約が、秋田の祭りカレンダーと私の仕事カレンダーと国民の祝日と、が合わないので確定できない。

ホテル取れない。仕事を終えて新幹線日帰りは、仕事の進行具合から無理そう。ホテルか新幹線取れる日は仕事休めないか病院休み。

薬が持つだろうか?!

東日本大震災の時、津波で当時通って居た病院が被害を受け、うつの薬が全くなくなった時の恐怖が色濃く残っているのです)

主治医でしたら、いろいろぶっちゃけて相談できるのですが、困った・・・

ここでプチパニック①

困りながら帰路につくべく秋田駅についたら、あれ、不穏な雰囲気

切れ切れに聞こえるのは「線路で」「煙が」

はい、こういう時にスマホのバッテリーが切れるのが私

ここでプチパニック②

(家に帰って地方ニュース見たら、秋田駅の線路の枕木が燃えたらしい。ほんと秋田のニュースは同じ東北の仙台ですらわからない)

 

一人でうろたえたり、持ち物を何度も無くしかけたりばらまいたり

(注意力が極端に低下している時の一例)

みるみる抑うつになっていくのでした・・

 

ここで気がつきましたのは

 

ああ、私は「最近うつが良くなってきて社会復帰してる」のではなく、

この私の脳がなんとか処理できる程度に、スケジュールをルーティン化してやり過ごすことを数年かけてなんとか身につけ、(何年かかってんだい)

主治医を始め、助けをもらいながらようやくやってただけなんだなということ。

 

不意の出来事や想定外の事態は、きっと同じ病気の人にはわかってもらえるかと思うが冗談抜きで本当にきつい。

しかし想定内のことなんてそうそう続かないよね。

だから私は手帳持ちなんですわ。

 

真実に気が付いたからといってどうしようもないわけだが。

 

今日は家でごろごろ、明日もごろごろ、そしたらこの夏の唯一にして最大の楽しみ、キセルパスカルズのライブだ。

そのあと、間髪入れず怒涛の仕事ラッシュだからね、体調がどうなるか。

どうにかなった頃に次の通院だ。


たま あの娘は雨女

パスカルズつながりで「たま」ばっか聴いています。

柳原さんはいないけどねえ。

今月も無事通院して来ました

今月は、3連続出張、出先から直で秋田通院でした。

分野が様々なものだったので頭がパンクしそうでしたが、

なんとか体調も崩さず乗り切りました。

 

この点を主治医に「よくなったね」と褒められて来ました。

疲労感は常に抜けず、朝は体が重くて仕方ないのですが、仕事を始めるといつの間にか意識は仕事の方に向きます。

 

これは良いのか悪いのか・・・

あと2週間は出張研修ウイークが続くので、思考力がもってほしいと強く願う。

 

無事に通院を終えたと思いきや、よくよく次の予約日を確認すると

その日は大曲の花火大会の日ではないですか。

一年でいちばん秋田県が人であふれる日。

薬剤師さんも、クリニックの受付の方も、

「その日はダメだ。どうしても。」同じ言葉を言うくらい

新幹線も高速も抜け道さえもNG。

泣く泣く日程を変えました。

こういう急な変更に弱いメンタリティ。

 

夏の秋田。祭りの確認を怠ることなかれ、と何度後悔したの、と

反省することしきりでありました。

https://www.instagram.com/p/BXFWk-1gXNd/

今月は錦秋湖SAで稲庭うどん。なぜかチキンが乗っている。

錦秋湖SAは、うっそうとした山の中にある。いるだけで森林浴できそう。

人が少なかったので夕暮れ、柱の陰で座ってぼーっと気分転換。

せっかくの森の空気をコンクリートの駐車場が邪魔してるから、

いっそ舗装しなければいいのに、など勝手なことを思う。

 

先日の大雨被害に遭われた方に対するテロップがテレビ画面に流れている秋田。祭りで元気になるといいなと思います。

秋田通院おわり

今月は通院間隔が1週間早め。

またしても雨の高速道路を走って秋田へゴー!して来ました。

仕事終わり、その足で即高速に乗ることが常となっているのですが、

今回は腕の力をめっちゃ使う仕事を終えてからロングドライブをしたので、

到着後一息ついたら腕がプルプル震えて(比喩ではなく・・・)

翌朝は腕から首まで一面筋肉痛でした。

湿布もってったらよかったかな。

 

今回は、たまにひどくなるむくみの薬と(たかがむくみ、されどむくみ。結構堪える症状なのです)

不穏時の頓服を処方してもらって来ました。

社会生活を送っていると、時にもう全てシャットダウンしてひたすら意識不明になることも必要なのです。

そのための頓服。

 

季節は夏へと変わりつつあります。

夏といえば秋田は祭り。

祭りがあると秋田中のホテルが軒並み埋まるので、

「ああ、祭りか」と悟る季節となりました。

面白いお国柄です。

https://www.instagram.com/p/BV9MZGsA46p/

錦秋湖SAの横手やきそば

今度は稲庭うどん食べよう。

 

 

 

秋田通院行ってきました

先月は気力がなくて文章を書けず。

でも先月、今月共に体調も処方も変わってないです。

 

転勤して2ヶ月。新しい環境には適応しつつあるものの、

常に思考運動抑制の壁にぶつかっています。

 

今いる職場は、私がまだうつでなかった頃勤めていた場所。

仕事が楽しいと本当に言えていた頃、いた場所。

 

人も回り回って、今、十数年前一緒に仕事をしていた方々と組んでいたりします。

「経験者だから」と仕事を振られたりします。

 

しかし、私はもう、以前の私ではないのです。

 

長時間注意を持続すること、思考することができません。

超過勤務や持ち帰り仕事はできません。

何かをしている時に別の説明をされても入りません。

同時並行で何かをすることを強いられると、取り組むべき順番を見失います。

 

故に、自分でも「なぜそんな」というようなミスをします。

なんども言われます「焦らないで」「正確に」「確認して」「最後までして」

 

それができないのです。

一緒に確認して欲しいんです。新しい環境と新しい情報を入れながら仕事をしているだけでも脳がパンクしそうです。ワンオペは今はできません。

と言える環境には、今はないのです。

私がポンコツであるということは、同僚も一杯一杯であるということですから。

 

前の職場では、とにかくメモ、書く、書く、書く、ことでポンコツをカバーしてきましたが、今はメモする時間も取れないことが多く、悩ましいです。

今なすすべなく限界を感じています。

 

うつ病であることはオープンにしているのですが、

多くは「ストレスが蓄積すると抑うつになる」という理解に留まるようです。

 

しかし、「働くうつ病人」の本当の辛さってのは、抑うつ気分よりも、そのほかの部分にあるのではないかと思います。

 

うつ病は心の病気ではないんです。

脳の病気なんです。

 

出口を探しましょう。

 

秋田通院終わり。

春。さくら満開

ということで、今月から車で秋田まで行って見ました。

一応スタッドレスタイヤを装着。秋田の山間部は、まだ路肩に雪がありました。

 

転勤後初の通院となりました。

転勤後、環境の変化+新年度の多忙でオーバーワークになり、

頭も体もオーバーヒートしたことをお話しし、

「ほどほどにやりなさい」と言われて帰ってきました。

その通りであります。

 

うつ病にとって環境の変化はものっすごく負荷がかかるのですが、

長時間の勤務もとっても悪い。脳に悪い。

ちょいちょい注意力が持続しなくてミスをしたり、言われたことを記憶できなかったり、土日には寝たきりになったりしてちょっと良くない流れです。

 

実は転勤先は、かつて勤務していた場所。まだうつ病じゃない時に。

 

少し勝手がわかるだけに、そして昔はエンジン全開でやっていた場所だけに、

手の抜きどころ、息のつきどころ、休みどころ、そこが掴めなくて苦しんでおります。

少なくともあと2週間はどうにもこうにも・・・なので、

悪化させないように努めるのみ。

 

出口はどこだろうか。。。

 

 

秋田通院おわり

今年度最終の通院を終えました。

今回は、大きな仕事を終え、打ち上げの飲み会にも出て、

翌日とんぼ返りで秋田と仙台を往復しました。

 

うつ病になってもう何年か・・・ともかく急性期病棟に入った時以降は、

一日に入れる予定は一つ。必ず一日以上の休息を挟みながら。

これを守っていました。

打ち上げなんてもってのほかでした。

 

今回、崩してみました。

 

結果、疲れたけど、できました。

しかし、この深夜に眠れていないから、後からしっぺ返しが来るのかも

しかし、とりあえず祝いましょう。

 

診察は「元気です」それだけ。

 

精神は少なくとも今「凪」です。

投薬は変わらず。

ですよね。薬を飲まない生活を夢見ながらも、正直なところ

「凪」=「崖っぷちで留まってます」だから、薬が減ったら動揺するべさ

 

昨年の夏頃人間ドックで指摘された卵巣の違和感、

それが最近また始まったので、年度末お休み取って病院に行ってきます。

昨年は病院のたらい回しになったので、大きな病院に行ってみようか検討中。

最近では大きな病院は受診しにくくなっているので、さあどうしましょうか。

 

秋田で、ふと目に止まったフクロウのステッカーを買ってきました。

フクロウ、不苦労。縁起物らしいです。

来年度の仕事用の手帳に貼ります。

 

来年度は新しい環境が待っていそうですが、それはまた別の話。

 

後2週。不苦労で行きたいなあ。

 

中村一義 エドガワQ2017〜ERA再構築〜@江戸川区総合文化センター

 

https://www.instagram.com/p/BQpszHcFPMD/

だいたいライブに行くと、自分の備忘録がてらライブレポらしきものをあげるのだが、今回はなかなか書けなかった。

ヘルマン岡本洋平の復活もあり、(これはなんというか別)中村一義の誕生日ということもあり、祝福ムードに満ちていたライブであった。

「よかった」という声で溢れていた。

 

しかし、「ERA」というアルバムは私にとってはあまりにも大切すぎて、自分の人生と直結しすぎて、愛するあまり、一音一音、曲と曲の空白に込められている空白までが.

「 ERA」なのであり、全てを味わい尽くしたかったのだ。

欲張りだろうか。

 

多分今回の「再構築」は、あの盤面に、怒り、祝福、嘆き、喜び、が混在する濃い、濃い、混沌としたあの当時の中村一義の世界が「仲間」とバンドサウンドで鳴る。

そのことだったんだろう。

ライブの冒頭、「金字塔」再現ライブを意識してか着席で息を飲んでいた観客に身振りで「立って」と促したのはバンマスGr.町田昌弘。きっと、だからなんだろう。

 

しかーし、私はあの「ERA」が今鳴るのを体の全部を使って味わいたかった。

ゲルニカ」の痛みの中で目の前に踊り狂う人に戸惑った。

「21秒の沈黙」で笑いなんておこったのは心底がっかりした。

 

あの沈黙の持つ意味。

私は一音一音刻み込みたかった。だから、正直不完全燃焼だったのだ。

 

ゲルニカでストリングスがバンド仕様にアレンジされていたり、テンポや拍子がアレンジされていたり、そういうのは大好き。

でも、できれば「ERA」再構築を全部刻んできたかったなあ。

 

個人的な話になるが、私は今PTSDうつ病を長年患っている。

その元となることを通っている時期、リアルタイムで金字塔と出会って引っ張り上げられた。蜘蛛の糸だ。

困難は続く。そのあと、また引っ張り上げてくれたのは「ERA」だった。

 

「ERA」はあまりにも自分の人生とリンクしすぎている、ただそれだけのことだ。

頭の中で再現できるくらいだ。

 

しかし、今回のライブで「ERA」は「箱から出た」。

モノクロの盤面から広い広い世界へと旅立った音たち。

もともと最近じゃライブで演奏されるようになった曲たちが多かったとはいえ、

あのアルバムは個々人のものから、みんなの前で鳴るものになったのだ。

 

時は流れたのだ。

そういうことなんだろう。

 

だから、ライブで歌い切る声をこれからはつけなきゃダメだ。

あなたが歌うから意味があるのだ。