asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

欠落

私の「幼少期から児童期、思春期」はすっぽりと欠落している。

思い出したところでろくでもなく、嘘にまみれ、否定と暴力にまみれ。

私は10代後半にそれは「なかったもの」と決めた。

 

このことを、今の主治医以外に言ったことはない。

言葉にするとあまりにも三文小説風で、ありえないことで、嘘にしたって陳腐だ。

 

そんなことは他人に言ったって伝わらない。

 

私は本当に辛ければ辛いほど人に助けを求められない。

そういう生き方が常となった。今も治らない。

そんな生き方がチリも積もれば山となり、今はうつ病だ。

 

「なかったもの」とした存在は「父親」。

純度100パーセントの憎しみは人を殺す。

肉親に関しては、「憎しみ」を抱えた子供の方の心が死ぬ。

人間とはそういう仕組みで出来ているらしい。

憎むってのは、「存在」があるから。

憎む対象の存在を強く意識しているから。

私は父親の「存在」を認めない。

だからなんの感情も抱かない。

 

父親が死んだと聞いた時、私の心は少しも動かなかった。

不審死だろうが自殺だろうが知らない。知ったことか。

おそらく死ぬ少し前に書いたんだろうな、手紙が来た。

内容は支離滅裂だった。私の年齢を間違っていた。ポストに入ってるチラシとおんなじ。

 

そういうふうに決めて生きてきたのに、

それが私のうつ病の根底に流れる「PTSD」になっているなんて、なんて皮肉なんだ。

 

未だに父親の夢を見ることがある。

目覚めて、「ああ、あいつは死んだんだ」と安堵する。

私の人生はそんなもんだ、

でも、そんなものは誰にも見えない。きっと誰にも言わない。

 

一つだけ父親の影響と思われるものが私の中にあり、

書籍だけにはお金を惜しまない。何も与えられなかったが、本だけは好きなものを買ってもらえた。

でも感謝などしていない。それ以外の全てを何度も踏みにじられたから。

死ね、この血統よ。

秋田通院行ってきました

先月は気力がなくて文章を書けず。

でも先月、今月共に体調も処方も変わってないです。

 

転勤して2ヶ月。新しい環境には適応しつつあるものの、

常に思考運動抑制の壁にぶつかっています。

 

今いる職場は、私がまだうつでなかった頃勤めていた場所。

仕事が楽しいと本当に言えていた頃、いた場所。

 

人も回り回って、今、十数年前一緒に仕事をしていた方々と組んでいたりします。

「経験者だから」と仕事を振られたりします。

 

しかし、私はもう、以前の私ではないのです。

 

長時間注意を持続すること、思考することができません。

超過勤務や持ち帰り仕事はできません。

何かをしている時に別の説明をされても入りません。

同時並行で何かをすることを強いられると、取り組むべき順番を見失います。

 

故に、自分でも「なぜそんな」というようなミスをします。

なんども言われます「焦らないで」「正確に」「確認して」「最後までして」

 

それができないのです。

一緒に確認して欲しいんです。新しい環境と新しい情報を入れながら仕事をしているだけでも脳がパンクしそうです。ワンオペは今はできません。

と言える環境には、今はないのです。

私がポンコツであるということは、同僚も一杯一杯であるということですから。

 

前の職場では、とにかくメモ、書く、書く、書く、ことでポンコツをカバーしてきましたが、今はメモする時間も取れないことが多く、悩ましいです。

今なすすべなく限界を感じています。

 

うつ病であることはオープンにしているのですが、

多くは「ストレスが蓄積すると抑うつになる」という理解に留まるようです。

 

しかし、「働くうつ病人」の本当の辛さってのは、抑うつ気分よりも、そのほかの部分にあるのではないかと思います。

 

うつ病は心の病気ではないんです。

脳の病気なんです。

 

出口を探しましょう。

 

秋田通院終わり。

春。さくら満開

ということで、今月から車で秋田まで行って見ました。

一応スタッドレスタイヤを装着。秋田の山間部は、まだ路肩に雪がありました。

 

転勤後初の通院となりました。

転勤後、環境の変化+新年度の多忙でオーバーワークになり、

頭も体もオーバーヒートしたことをお話しし、

「ほどほどにやりなさい」と言われて帰ってきました。

その通りであります。

 

うつ病にとって環境の変化はものっすごく負荷がかかるのですが、

長時間の勤務もとっても悪い。脳に悪い。

ちょいちょい注意力が持続しなくてミスをしたり、言われたことを記憶できなかったり、土日には寝たきりになったりしてちょっと良くない流れです。

 

実は転勤先は、かつて勤務していた場所。まだうつ病じゃない時に。

 

少し勝手がわかるだけに、そして昔はエンジン全開でやっていた場所だけに、

手の抜きどころ、息のつきどころ、休みどころ、そこが掴めなくて苦しんでおります。

少なくともあと2週間はどうにもこうにも・・・なので、

悪化させないように努めるのみ。

 

出口はどこだろうか。。。

 

 

秋田通院おわり

今年度最終の通院を終えました。

今回は、大きな仕事を終え、打ち上げの飲み会にも出て、

翌日とんぼ返りで秋田と仙台を往復しました。

 

うつ病になってもう何年か・・・ともかく急性期病棟に入った時以降は、

一日に入れる予定は一つ。必ず一日以上の休息を挟みながら。

これを守っていました。

打ち上げなんてもってのほかでした。

 

今回、崩してみました。

 

結果、疲れたけど、できました。

しかし、この深夜に眠れていないから、後からしっぺ返しが来るのかも

しかし、とりあえず祝いましょう。

 

診察は「元気です」それだけ。

 

精神は少なくとも今「凪」です。

投薬は変わらず。

ですよね。薬を飲まない生活を夢見ながらも、正直なところ

「凪」=「崖っぷちで留まってます」だから、薬が減ったら動揺するべさ

 

昨年の夏頃人間ドックで指摘された卵巣の違和感、

それが最近また始まったので、年度末お休み取って病院に行ってきます。

昨年は病院のたらい回しになったので、大きな病院に行ってみようか検討中。

最近では大きな病院は受診しにくくなっているので、さあどうしましょうか。

 

秋田で、ふと目に止まったフクロウのステッカーを買ってきました。

フクロウ、不苦労。縁起物らしいです。

来年度の仕事用の手帳に貼ります。

 

来年度は新しい環境が待っていそうですが、それはまた別の話。

 

後2週。不苦労で行きたいなあ。

 

中村一義 エドガワQ2017〜ERA再構築〜@江戸川区総合文化センター

 

https://www.instagram.com/p/BQpszHcFPMD/

だいたいライブに行くと、自分の備忘録がてらライブレポらしきものをあげるのだが、今回はなかなか書けなかった。

ヘルマン岡本洋平の復活もあり、(これはなんというか別)中村一義の誕生日ということもあり、祝福ムードに満ちていたライブであった。

「よかった」という声で溢れていた。

 

しかし、「ERA」というアルバムは私にとってはあまりにも大切すぎて、自分の人生と直結しすぎて、愛するあまり、一音一音、曲と曲の空白に込められている空白までが.

「 ERA」なのであり、全てを味わい尽くしたかったのだ。

欲張りだろうか。

 

多分今回の「再構築」は、あの盤面に、怒り、祝福、嘆き、喜び、が混在する濃い、濃い、混沌としたあの当時の中村一義の世界が「仲間」とバンドサウンドで鳴る。

そのことだったんだろう。

ライブの冒頭、「金字塔」再現ライブを意識してか着席で息を飲んでいた観客に身振りで「立って」と促したのはバンマスGr.町田昌弘。きっと、だからなんだろう。

 

しかーし、私はあの「ERA」が今鳴るのを体の全部を使って味わいたかった。

ゲルニカ」の痛みの中で目の前に踊り狂う人に戸惑った。

「21秒の沈黙」で笑いなんておこったのは心底がっかりした。

 

あの沈黙の持つ意味。

私は一音一音刻み込みたかった。だから、正直不完全燃焼だったのだ。

 

ゲルニカでストリングスがバンド仕様にアレンジされていたり、テンポや拍子がアレンジされていたり、そういうのは大好き。

でも、できれば「ERA」再構築を全部刻んできたかったなあ。

 

個人的な話になるが、私は今PTSDうつ病を長年患っている。

その元となることを通っている時期、リアルタイムで金字塔と出会って引っ張り上げられた。蜘蛛の糸だ。

困難は続く。そのあと、また引っ張り上げてくれたのは「ERA」だった。

 

「ERA」はあまりにも自分の人生とリンクしすぎている、ただそれだけのことだ。

頭の中で再現できるくらいだ。

 

しかし、今回のライブで「ERA」は「箱から出た」。

モノクロの盤面から広い広い世界へと旅立った音たち。

もともと最近じゃライブで演奏されるようになった曲たちが多かったとはいえ、

あのアルバムは個々人のものから、みんなの前で鳴るものになったのだ。

 

時は流れたのだ。

そういうことなんだろう。

 

だから、ライブで歌い切る声をこれからはつけなきゃダメだ。

あなたが歌うから意味があるのだ。

 

通院始め

2017年初の通院を終えました。

 

体調に大きな波はなかったのであまり大きな変化はなかったのですが、

 

つい最近、約一年かけて四苦八苦していた仕事にようやく良い変化の兆しが現れ、

この仕事に就いてから苦節十数年、

関わってきた仕事関係の方々にある日を境に、本当に不思議と次々と繋がり、点と点が目に見えて線となるようなことがあったので、少しほっとした矢先、

これまた不思議と生活上のケアレスミスが頻発するようになったのです。

些細なことではありますが

・連続してエレベーターのボタンを押し間違えたり(皆に迷惑)

・絶対に欠かせない就寝前の薬をまるっとどこかに紛失したり(一晩眠れない)

・退勤時間を間違えて1時間早く帰宅しようとしたり(あまりに堂々と帰ろうとしたので誰も不審に思わなかったらしい)

・・・笑えるようで笑えないことを次々とやらかしたことをお話しし、

 

「優秀な仕事人は、私生活に一切仕事を持ち込まないのだよ」と諭されて帰ってきました。

気が抜けた後の後遺症なんですが、これも体調(というか情緒)の悪化のサイン。

(もともと色々やらかす性分ではあるのですが)

 

しかし一方で、自分のこんがらがった仕事をやりながら少しずつ他のことも並行してできるようになっていることは感じます。その中で人に感情をぶつけられても少し持ちこたえられるようにはなってきたかな・・・。

 

体も疲れていたので、今回の新幹線移動は乗り物酔いで難儀しました。

 

帰り道、ずっと頭の中にキセルの「足りない心」がリフレインしていました。

 

足りない 僕の心が 見上げる 君の星空

足りない 君の心が 見つけた 僕の青空

しがみつき 絡み合う 柔らかな春の風が吹く

どうか 夢よ このまま目を覚まさないで

時の行方を いつまでも遊ばせて

 

帰路、歌詞を文字で見たくてgoogleで検索したら

うつ病の人は感謝が足りない」というブログが上位でヒットしたのはまあご愛嬌です。あと歌詞は見つけらんなかったなー。

代わりに


キセル -くちなしの丘

 

今年ものんびり治療します。

 

スコティッシュフォールド 若葉の定期健康診断を終えました

スコティッシュフォールド若葉の、年一回の全身検査(定期検診)を終えました。

今回も、全身麻酔下での検査となりました。

どうしても病院が怖くて嫌いで、飼い主の私が去った瞬間から大暴れするようです・・・( ´Д`)

 

病院から帰宅しても、ストレスからか一晩は水も飲まず排泄もせずひたすら眠りますからね・・・。

 

検査結果としては、前回同様心臓の異常が確認できました。

右心房(確か)の肥大、そしてわずかながらも、心臓の弁からの血液の逆流。

 

なぜ血液の逆流が起こるのか。

推測ではありますが、と前置きした上で検査した獣医師が話してくれたのは、

スコティッシュフォールド特有の「低鼻」からくる「酸素の取り込みにくさ」。

そこから起因する「肺や心臓への負担」が考えられるとのこと。

 

確かに若葉は鼻の穴がとても小さく、そしていつも鼻をグズグズさせているのです。

月に何度かは鼻血を出します。(鼻の穴出口近くの粘膜から出血していることはわかったのですが、この原因も未だ不明です)

鼻が詰まっているからか、餌の食べ方がとても下手で、かなり食べこぼします。

放っておくと、餌の皿が食べこぼしたカリカリのクズでいっぱいになります。

・・・鳥か。

そして一度にたくさん量が食べられません。

食べることは好きなんですが、常に餌の皿にカリカリを入れておき、ちょこちょこ食べることでずっと同じ体重(3.5kg)を維持しています。

 

じゃあ鼻の症状の改善の手段はないのだろうか、と相談したところ、

ネブライザー」という手段もありますが・・・とのこと。

ちょっと調べてみたら、猫を衣装ケースなどに閉じ込め、薬剤入りの蒸気を吸入させることで、人間の鼻炎治療と同じように症状の改善が図れる・・・かも。

ということですが、その一方で「エビデンスはない」とか。

 

うーん少し経過観察をしながら考えます。

https://www.instagram.com/p/BPNIyu0j5hJ/

病院から帰ってきてぐったり若葉。お疲れ様ね。