asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

10月仙台通院。

今月は、「何もそこまで」というくらい、仕事量や人間関係のストレスに四苦八苦した月でした。

9月下旬で「何とか一区切り」と思っていた仕事や研修。

次、次、と遅れを取りながらもなんとか見通しを立てていたものが、一枚のレポートを深めてたくさんの方々の前でプレゼンしなければならなくなったことになったことを皮切りに、(代表指名されたのだが、名誉と思えないのは私がそういう役職に向いていないことの証であろう)

 

担当者というだけで組織と組織の齟齬から生じる憎悪に巻き込まれたり(感情をぶつけられたりしないよう、細心の注意を払って生きてきたというのに)

 

丁寧に言えば大変残念なことに、正直に言えば大変馬鹿なことに、「教祖のオバサンの名を唱えれば魂が救われるという類のベンツの名前の新興宗教」に取り込まれた親類が自分らでは一生かかっても到底返せない額の借金を、自分と自分の子供4人の名義で限度額ぎりぎりまでしており、(親類が考えられる手口ではないので、それを吹き込んだ人物は本当の悪者である)

それをなぜか私の母に全額肩代わりせよと「家族での話し合いの結果」として伝えてきたため、鬼の心で介入せざるを得なかったり、

それに伴う心労で何もできなくなってしまったり、で。

 

今はひどく肩が張って頭痛がする。吐き気も伴うから緊張性頭痛というのは本当なのか。何も書けないし何も描けないし

 緊張を緩和する薬は副作用で口の中が乾くし、湿布にまけて両肩がビンタくらったみたいに赤いぜ。

 

心を大きく動かさないように本当に気をつけてきたのに。

 

という事実を短く精神科で話してきました。

気を張っているのか精神症状は目立って出ておらず、今は身体症状のみ。

精神科の処方は変わりませんでした。良いんだか悪いんだか。

仙台の先生は、秋田の主治医のことを必ず尋ねます。

それは医師同士がわかる大切なことなのかな。

 

今週は、会議、会議、絵を描く仕事、文章を書く仕事、通常業務。

見通しが立たないが、とにかくどこかでやるしかない。

私なんか悪いことしたんかいな。

 

来週は身体疾患の細胞診の結果が出ます。

それさえ何だか麻痺した感じで迎える。

そんな今なのでした。

 

最近はずっとサカナクション聴いてます。音楽はいいな。


サカナクション - グッドバイ (MUSIC VIDEO)

 

 

仙台通院はじめ。

早速紹介状を持って仙台の病院に行ってきました。

とは言っても何が変わるわけでなく、秋田の主治医の様子など聞かれただけで(笑)

変わらないね、薬も同じでいいね、おしまいだね、でした。

具体的な会話はここでも書けないな・・・

 

秋田でお世話になっていた主治医は陽の中に陰を見せるような方でしたが、

仙台でお世話になる先生は、陰の中に陽を見せるような方です。

一見とっつきにくい風だけどどこか笑える部分も持つような人は、私は嫌いではない。

 

今日は、有給を最低限とって、市役所で自立支援の医療機関の書き換えを行い、紹介状を持ってうつの病院にも行き、身体疾患の病院にも行き無事大きな病院への紹介状をゲットし、と今あるミッションをこなしてきました。紹介状からの紹介状。わらしべ長者か。

 

どうしても働くうつ病人はちょくちょく休まざるを得ないこともあるので、有給が心もとないくらいしかないのですが、大きな病院にも、確定診断名を得るためだけに数度いかねばならぬようで、厳しいわあ。

 

11月くらいまでは仕事厳しいこと山の如し、なので、無理せずやります。

痛い検査嫌やな。

紹介状と別れと

本日、秋田のクリニックに通院し、仙台の病院への紹介状をいただいてきました。

理由は二つあります。

 

一つ目は、今年度の職務がどうにも忙しくて、秋田への通院時間が確保できないこと。

二つ目は、人間ドックにて身体疾患が見つかり、そう急ぐものではないのですが、近いうちにオペが必要になりそうになったためです。

 

秋田の主治医には、東日本大震災の直後に出会いました。

 

忘れもしない、三月九日に初めてのうつ病による病気休暇から復帰。

勤務地は津波の直撃を受けた海のすぐそばの町でした。

復帰後、息つく間もなく避難所運営。勤務解除、帰宅許可が出たのは数日後でした。

 

私が当時通っていたクリニックも同じく浸水地区にありました。帰宅してすぐ、私は避難所運営をしていたときに切らしてしまったうつ病の薬を求めて、自転車でやみくもに仙台市内の病院を回りました。大きな総合病院を、3箇所か4箇所回りました。

 

大災害の中、精神科には医師はいない、とりあえず薬だけはある分だけを少し、という病院ばかり。その中で唯一、精神科で勤務していらしたのが、今の秋田の主治医でした。

 

この人なら大丈夫だ、なぜかすっとそう思えてからもう7年。ずっと私とうつ病の付き合いを支え導いていただきました。私のうつ病の根底にあったPTSDを見抜いてくださったのもこの方でした。

 

励まされ、支えられ、時に叱られ、叱咤激励され。

 

仕事にしがみつく生き方しかできなかった私に病気休暇を命じたり、有無を言わさず急性期病棟に入院するようにテキパキことを進めたりすることもあれば、

自暴自棄になっていることを見透かしたように、仕事を辞めるという私を制止し思い留まらせたこともありました。

 

7年。気がつけば少しずつ少しずつ、服用する薬は減っていきました。

この主治医と出会わなければ、今この世に私はいなかったでしょう。

 

本日紹介状をいただいた時、主治医は「娘を嫁に出す気持ちだ」と涙ぐまれていました。「元気でね、幸せにね。」と。

このような「親心」に触れたことのない私はびっくりして笑うことしかできなかったのですが、常に私の前では精神療法をなさる医師であった主治医が、ひとりの人間として私の前に立ったのは、7年間で初めてのことでした。

あまりのことに、お礼もうまく言えないまま、秋田を後にしました。

 

私は身体疾患が治ったらまた秋田に通うつもりですので、今生の別れとは思ってはいないのですが、人生というものは何があるかわからないものだから。

 

これから私は、仕事をしながら精神疾患と身体疾患に向き合う日々が始まります。

だけどなぜか晴れ晴れとした気持ちでいる。なんて不思議なことでしょうね。

 

怖がらないで  闇の向こうへ 手を伸ばす前のまわり道

すべての意味を 作り始める  あまりに青い空の下


けもの道 Spitz

 

 

9月も地元の病院へ。

秋田の主治医がまたクリニックを再開なされたのですが、

この夏は、ただでさえ祭りで人が溢れる秋田。夏は秋田の全ホテルが埋まったりする。に金足フィーバーが加わって秋田に行けず、でした。

 

あとは、ひたすら出張と書き物の仕事に追われてて、私自身に余裕がなく。

今も締め切りをぶっちぎっている書類があったりします。

片道250キロ、それを運転するだけの体力がないまま夏が終わってしまいました。

夏休み、帳簿上は休みでもずっと出勤してたなあ。お盆もなあ。

 

なので、今月も地元の病院に通院です。

秋田の主治医は、なんでも分かっている信頼できる存在ですが、体力とまー、金銭的な負担もあることは確か。

 

どっちつかずではダメだなあと思い、とりあえず今後は秋田に通院することを前提としながらも、

私が移動できないときにお世話になれるよう、今月末の多忙期を乗り切ったら、超多忙期までの間に秋田に行ってそこらへんの相談をして、紹介状もらってきます。

 

今日は、スピッツ主催のライブ「ロックのほそ道」ceroが出るんでチケットは申し込んでたんですが、諦めました。ちょっといっぱいいっぱいすぎる。

 

今年度のあれやこれやを乗り切ったら、ライブ行くのだよ。

 

8月も地元の病院へ。

無事秋田の主治医が退院なされて診察を開始されたのだが、

今月も地元の病院へ。

 

自立支援医療の手帳の医療機関をまた書き換えに行く時間がなかったのと、わたしの仕事が複数立て込んでしまっているのと、体調がいまいちなのと、あと台風と。

投薬は同じにしてもらい、今後は地元の病院と秋田の病院を行き来する可能性もあるのではないかと考え、一応紹介状を秋田でもらってこようか、と思案中。

 

しかし今はお盆。秋田は祭りが目白押しだし、わたしは相変わらず仕事おわりの目処がたたないので、秋田に行けるのは来月になるのかもしれない。

 

昨日、今日は台風がゆっくりと通過して行く最中、体調が目まぐるしく変わって大変だった。

体重は相変わらず減っている。減ってはいるんだけども、病前の時のベスト体重に近いくらいになっているし、でも極期の痩せ細った時とはちょっと様子が違う気もするし、あまり悲観はしていない。

今年度は悲しいことに人間関係の悩みが絶えない環境で、今後仕事の責任度と折り重なりが数ヶ月続く状況になるので楽観はしないけど。

 

そんな8月なのでした。

 

 

今月の通院は地元で

主治医急病につき、今月は地元の病院へ。

 

精神科専門の大きな病院なのですが、私が仕事で泊を伴う出張にあたり、

どうしても地元の病院の担当医の診察の日に通院できなかったら、

出張の前日に、診察の日ではないのに特別に診て頂けることになりました。

とてもありがたい。

処方は変わらず。というか変えず。

 

私は精神科を受診する際、医療費が自立支援医療の対象となっているので、

受診する医療機関が変わると、その医療機関を市役所に行って書き換えてもらってから通院します。

ところが、今回は、なぜか記載の有効期限が間違っているという痛恨のミス。病院に向かう途中で市役所の担当者から電話がきたのですが遅い。

 

いつもならこういう「想定外」にはアワアワしてしまうのですが、

疲れているからか、少し大人になったのか(それはない)

市役所の人に「困るんですけど」と言った程度で(大人ではないな)

怒る気力はないのでした。

 

さあ、泊を伴う出張が終わったら、ここからしばらく個人でコツコツカツカツ書き物をする仕事に入ります。思考力が今あまり良い状況ではないので心配は尽きませんがなんとかやって行きます。

 

このブログはスコティッシュフォールドの記事を見にきてくださる方が多いようです。

うつ病の話が多くてすまないなあ。

スコは、私の体力が少し回復したら採血に行ってきます。

あれはあれで体力仕事ですからねえ。

 

 

6月の秋田定期通院終えてました

先日、秋田へ定期通院に行っておりました。

一週間前。

梅雨空の仙台を出発して車を走らせたら、心地よい晴天の秋田でした。

湿度がほどよい夜風。こういう天気がいいな。

 

なぜブログを更新できなかったかというと、秋田に着くと同時に風邪ひいてました。

昨晩はいい気分だったのに、

秋田のホテルで起床したら頭痛、喉の痛み、体の節々の痛み。

あー風邪引いちまった。

周囲でガラガラ声の咳してた人いたな(マスクしろー)あと過労だな

でもこれから通院ということからある意味便利?

 

うつ病の薬は変わらず、風邪薬をいただいて、服用してから仙台まで運転。

体の節々の痛みが強まり、徐々に微熱もきたなあという中の運転は難儀でした・・・。

 

あれから一週間。早期対応で劇的悪化はしないけど治んないな。

咳は喘息に移行。

自然治癒力の低下を感じております。