asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

捨て去り 脱ぎ去る

クローゼットから出てきた小ぶりのかばん

その中にぎっしり入っていたのは 薬たち。

 

震災の日。

私にとっては一度目のうつ病による休暇ののち、復職三日目だった。

同時に、病院を受診する予定の日だった。

つまり、うつの薬がきっちりなくなる、その日。

 

当時、津波や火力発電所の爆発などを目の当たりにした恐怖も大いにあったが、

むしろこの状況で、この立場で、職務を遂行せねばならないというのに、頼みの綱の薬もなく「自分の情緒が正常に(今思えば正常に、なんて思い上がりもいいところだ)保てなくなる時が来るのではないか」という自分自身に対する恐怖が大きかった。

事実、時々物陰で泣いたり、記憶が飛び飛びになったりしていたっけ。

今思えば、自分自身が感じる恐怖を「使命感」に置き換えていたのだろうが。

 

津波が襲ったときから数十時間ののち、一時帰宅を許されて向かった場所は病院。

その病院へ向かう道路もまた、冠水し消防車が横倒しになり、津波の跡が。

https://instagram.com/p/Wq9LZZpbHR/

当時の病院近くの画像である。すぐ手前は未だ数メートル冠水していて、ビルに人が閉じ込められていた。

 

結局わたしが薬を手にしたのは、自転車でAMラジオの情報をもとに自転車で走り回り、3番目に訪れた総合病院だった。

(その病院にいらしたのが、今の主治医である。縁は奇なり。)

 

前置きが長くなったが

それ以来長いこと、わたしは「薬が手元になくなること」に強い恐怖感をもつようになった。

 

それに、当時から長いこと、わたしは多分服薬を自己管理できなくなっていたのだ。

残る薬。溜め込む薬。だがそれで安心だった。

(のちに、入院を機に投薬は「一包化」された。今も・・・。)

 

忘れていた。忘れていた。

そんなときも。苦しかった。

苦しかったことも、こうして記憶の底に沈んでいくのだ。

 

かばんにぎっしり入った色とりどりの薬たち

当時はとっても近しい存在だったその薬たちをひとつひとつ手に取り、ゴミ箱に捨てながら、

ああこの薬のころは、ああこれを飲んでいたころは、と

薬の名前と記憶をいちいち照らし合わせていました。

 

薬を捨て去り、過去を脱ぎ去り。

 

わたしが震災の記憶をほぼタイムリーに綴ったブログのサイトはもう閉鎖されているので、覚えていることだけここに遺す。