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asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

まあ上出来な乗り越えかた

言葉にはいろいろな使い道があるが、

 

純度100%で、人を傷つけるために選んだ言葉をぶつけられると、

恐怖や怒りからではなく、心の底からぶるぶるっと震えるのだ。

 

反吐が出る。

 

それが、いい大人から出た言葉であれば、なおさら。

 

常識やマナーや親切心はどうであれ、

「傷つけてやろう」と意図して言葉を吐き出す時間の不毛なこと。

それに驚き、呆れ、そんな相手に出くわした自分の不運さに笑い、

しかし本当に寒気がするのだ。

 

「出くわす」程度の人間相手だからそういう言葉を並べられるのであって、

たぶん多少なりとも見知った相手であればそうはならないかもしれない。

 

いやいやしかし、わたしは今、そんな言葉にぶつかっている場合ではないのだ。

わたしは、うつ病と少しずつさよならをする時期であって、相手する暇などないのだ。

 

いままでなら。

 

いままでなら、こんなときにはとことん考えた。

寝ても起きても考え、自分が納得するまで考えてなんらかの結論を出していた。

そしてなんらかの対処もしていただろう。

 

しかしいま、わたしはうつ病とさよならすること以外の優先事項はない。

だから、記憶をなんとか反芻することなく、

平気な顔ふりして日々の雑多なことをこなしながら、

「忘れる」ことでなんとか体調を悪化させないように試行錯誤してみた。

 

わたしは「忘れる」ことがとても苦手だ。

棘のような些細な記憶が痛む。幼少期まで遡って。

 

しかし、忘れねばならぬ。

うつからの脱却に向けて、自分自身で変えられる部分があるとしたら

これなんじゃないだろうか。

忘れる。忘れる。記憶に付き合わない。

 

「忘れっぽいっていうのはすこやかなことだよ」

江國香織の「ホリー・ガーデン」の言葉を思い出す。

 

まあまあ、私にしては上出来なんじゃないだろうか。