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asagitti's blog

うつを,くらしを,音楽を,ファッションを,ゆるり,ゆるりと。あと猫。

希死念慮とわたし

しばらく、希死念慮とともに生きている。

 

きっかけというのはありふれたもので、仕事上「問題」を抱えているがために手続きに忙殺されて本務までたどり着けないことだったり、批判の矢面に立ったり、調整調整調整だったり、感情がなだれこんだり、限界以上の超過勤務を強いられたり、そういうことである。

うまくいっていれば自分の手柄、うまくいっていなければあなたの責任。

そういうふうにできている。

 

ただ、それを受けると、簡単に沈む小舟なのが今の私である。

ここまでを含めて「適性」というならば私は確実に適性がない。

 

死ぬか、辞めるか。

 

なぜ死ぬことと辞めるということが同じ天秤に乗っているのか。

 

うつ病だから。

どういうふうに結論を出そうが破滅に向かうコースが出来上がっている。

それには気づけるようになった。

そのコースに乗らないためには。

 

思考を停止する。頓服を飲む。朦朧としたっていい。

逃げなさいよと自分に言いながらここにいる。

 

希死念慮がいよいよ実行力をもとうというとき、なぜだか浮かぶのは

なぜだか硬い地面だったり、衝撃音だったり、揺れる視界だったり、

そんな知りもしないものがなぜだかありありと浮かぶのだ。恐怖を持って。

きっと、もしも実行に移すときがきたら、それは最後の瞬間まで恐怖なんだろう。

安楽ではない。

 

うつ病の人は、だいたいパソコンで検索した経験があるであろう。

 

死にたい 

もうだめ 

方法

 

とか。

不思議なもので、その先には決してhow-toではなく、心にすっと入る言葉が待っていたりする。だから私はまだここにいる。

 

私が抱えている「問題」は、その当事者にとってはヘルプサインだったりする。

困っている人は待っている。あなたのせいではない迷惑かけてごめんと。

私が本来見るのはその一点なのだ、定期的に目が曇るんだけど。

 

それが「蜘蛛の糸」

 

良くも悪くも、まだ。