手を伸ばす前のまわり道

うつ病のこと、猫のこと、大好きな音楽のことの雑記です。

スコティッシュフォールド 若葉の骨瘤 若葉6歳10ヶ月

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箱好き猫・・・。

 

若葉もシニア猫になってきました。

先週頃から床に血がついているので気になっていたのですが,本日骨瘤で毛がハゲになっている部分から出血していることを確認しました。

ハゲになった部分の皮膚は,瘡蓋のように硬くなっていたのですが,皮膚が薄くなってしまってきたのかもしれません。これは,若葉の骨瘤の診断を受けた時にその可能性は説明されていたので,残念ですが受け止めるしかありません。抱っこして,ティッシュで圧迫して血を止めてからは,ご飯食べてお水飲んで猫ベッドでゴロゴロといつも通りですが,痛みはあるのでしょう・・・。

 

ドタドタ走っているので床に血のあとが派手についてびっくりする飼い主。

痛いからパニックになっていたのか,若葉が気づかないうちに飼い主がふっと洗面所へといなくなったのでドタドタしていたのかは不明なのですが(猫なのにこれは良くある・・・)

近日中に病院に行ってきます。

 

とは言っても,これと言った治療法もないでしょうし,包帯,猫靴下,全て暴れて却下する若葉なので気休めかもしれないのですが・・・。

若葉の骨瘤は,成猫になっても進行するタイプのようです。

 

また,関節のサプリメントを再開しようと思っています。

患部は痛々しいので,写真には撮らないでおきます。

病院に行ったらまたご報告します。

 

新しい病院へ,通院2回目。

新しい病院へ,2回目の通院に行ってきました。

結構距離があるのですが,今まで1日かけて秋田へ行っていたことを考えたら近いような。

医師もそこは気にかけていてくれて,「遠いよねえ。もっと近いところあればいいねえ」と2回も言われました。近所にはいくつか精神科や心療内科があるのですが,前の病院から紹介されたところからは,新患受付をしていない,と言われました。慢性的に精神科・心療内科が足りていない現状のようです。

 

私は秋田の主治医にお会いするまで2つの病院に行ったのですが,一つ目はどんどん悪化してしていってもずっと同じ投薬のまま。2つ目は今でも少し傷になっているのですが,恫喝のようなことをされました。言われたことは今でも覚えています。

というわけで,ドクターショッピングをすること自体に恐怖心を覚える私なので,しばらくは今の病院に行くと思います。私は甲状腺が良くないのですが,今度の病院では甲状腺の投薬と検査もしてもらえることになったのでありがたし,です。

 

4月から新しい職場になったのですが,何かとストレスフルなところです。

一年で戻れます。早く一年経ってしまえ。

コロナの影響で,「これができる,だから行こう」と思ったことがほぼ全てできなくなり,それでも辞令をいただいて居る職場なので,こういう思いをしてここに居る意味は?と考えるともう今すぐ脱走したくなります。仕事があるだけで有難いのでしょうが。

 

中でも,毎日数時間の会議があり,その修正を短時間でやってまた会議,と,いうことが5月半ばくらいまでずっと続いていました。追い込まれながらマルチタスクをこなし,注意力が低下してミスが出たものを提出,それを叱責されながらまた会議,という流れです。

チームで動く仕事なのですが,私はあっという間にここ数年なかったな,というくらいまで鬱の状態が悪化し,またチーム一人一人も追い込まれて一人一回は爆発したという状況。

もうダメかもなというとき,思い切って上司に状況を訴えてみました。

途中でドロップアウト(つまりは辞めるか病休か)する可能性があったためです。

そうしたら,この人ら追い込まれているな,と思ってくれている人が複数人おり,会議でも議題に挙がっていたとのことで,迅速に周囲に働き掛けを行ってくれました。

それで,毎日の会議がなくなり,追い込まれるような状況も改善してきて,私の体調も少し持ち堪えております。

来週からまた,マルチタスクが始まるような予感はするのですが,どうなるか。

 

ただ,自分から「これでは持ちません」と訴えることは以前はできなかったと思うのです。

少しは成長したでしょうか・・・。

 

今は,土日はほぼ家から出ることができなくなってます。疲れ果ててしまう感じ。

ステイホーム上等です。

ウーバーイーツ大活躍です。ちょっと支度して出る,というその「ちょっと」にハードルがある人間にとっては有難いサービスです。配達員さんありがとう。

新しい病院に行ってきました。

転院先の病院に行ってきました。

ふたつ紹介されまして,自宅から近い病院もあったのですが,そちらは新患数ヶ月待ちの状況から,近隣の心療内科が閉院したことにより,完全にパンク,新患は受け入れていないとのこと。どうも仙台は精神科・心療内科が足りていない状況とのことです。

車で40分くらいの心療内科へ。

仙台の主治医の紹介でしたが,秋田の病院から着払いで送ってもらった「診療情報提供書」(主治医がもう亡くなっているので,紹介状ではないのです)をそのままもっていきました。

厳封されてたのでもちろん中身は見ずに持っていったのですが,封筒の中にはカルテの写し全部,障害者手帳用の診断書,障害者年金を受けようと思ったときの診断書,とにかく全てが入っていました。

 

私,主治医がお亡くなりになったことを知った時,事務さんに「カルテの写しをもらえないか」と頼んで,断られていたんですよね。主治医は東日本大震災の教訓から紙カルテにこだわり,それを問診しながら患者の目の前で書くスタイルだったので(隠して書いてたこともあったけど)それがあれば安心すると思って頼んだのですが,

事務さん,閉院の準備やら患者の対応やらでそれどころじゃない。

開示請求に応じる人もいない。(主治医の命日をもって閉院となっていました)

 

ところが,「診療情報提供書」にはその全てが入っていました。

これは,主治医がやったんですな。と思いました。

託すつもりでやったんだなと思いました。

最期の入院は一月のお正月休み明けてすぐ。

その直前に,正月休み中に主治医がクリニックに来ていた様子はあったんですが,

もしかしたら,自分ではわかっていたのかもしれません。

 

あとでちょっと泣きましたよね。

 

新しい病院,今の処方から変えないで欲しい,と頼んだらそのようにしてくれて,

悪い印象はなかったので,ここに通うかもしれません。期間はわからないけど。

 

今ちょっと体調を崩してます。

昼間でも抑うつが度々酷くなるのと,思考ができなくなることが結構あることと,

頭痛や食欲不振が出ています。

 

今年から勤務先と仕事内容が一年限定でガラリと変わり。

困ったときの主治医はもういないし,

チームでコミュニケーションを取り共同して研究するのが今の主な仕事なので

うつで全く自分が使い物にならないことがあります。

環境の変化,信頼する人の死,何だか不安や怒りが渦巻く社会情勢,こんな状況だから悪化は仕方ないなと思いつつ,自分でコントロールできないところまでの悪化が心から怖い。

どこかで言ったかもしれないけど,脳には勝てない。

工夫とか気分転換とか,そう言うのは次元の違う話で。

そんな毎日です。

チームにさっさとカミングアウトしたいのですが,まだ出会って間も無い人に話すには少々配慮が必要かと思われるので,抑うつバリバリの時は「感じ悪いなあ」と思われているかもね。

 

うつの,特に難治性の精神障害のカミングアウトに対する反応は実に様々ですが,相手に不安や負担を与えるのは確か。

 

何で私こんな時に共同研究に参加したんだろう。

一人で論文書くんだったらこんなに苦しくなかった。

 

今は弱音しか吐けないですけど,そのうち楽しい話をしたいものですね。

人の死は等しく

人は必ず死ぬ。当たり前のことで,等しくやってくる。

私の主治医はがんだった。術後6年を経て亡くなったが,「5年生存率」って言うものにあっかんべーをしてから亡くなった。そんな気がする。

緩和ケアと抗がん剤の投与を繰り返し,抗がん剤投与のために入院したら,ひょっこりクリニックに復活して診察をする。医者の不養生。ある意味臨床クレイジー

彼は,精神科医の身でありながらうつ病で休職した経験があり(それは本になっているが,文体が独特なので誤読する人もいる)いろんな意味で,異色の医者だった。そして開業したら,まもなくがんが見つかった。ご家族の苦労が忍ばれるし,術後,抗がん剤の投与から敗血症をはじめ様々な病を抱え,耳が聞こえなくなり,目眩で車椅子になり,それでも最新型補聴器をつけて奥様の送迎でクリニックに来る。命を削って医者をやっていた人だった。やっぱりクレイジーよね。

最期は,インフルエンザから間質性肺炎を起こし,2ヶ月も経たず亡くなってしまった。

ご本人も本意ではなかっただろう。

 

人は必ず死ぬ。有名人であろうとも,名もなき市井の人であろうとも。

 

今はコロナウイルスで多くの人があっという間に亡くなっている。

私はわからない。知り合いでもないのに「涙が止まりません」と盛んに言われる人と,どこかでひっそり亡くなっている人の違いが。名前で報じられると泣くのに数字で報じられた人は泣いてもらえないことが。

 

そんなこんなで,私の主治医は,自分の病状をオープンにしていたので,どこかで心の準備はしていたはずだったのに,私は大きく取り乱してしまった。

でも生きなければいけないのだ,私は。なぜなら,主治医に生かされた命だから。

これがきっかけまた希死念慮を抱こうもんなら,あの世で怒られまくる。

いつだか亡き主治医に言われたことがある。

「生活することに没頭するのもいいんじゃないの,たまには。」

どんな状況で言われたのか覚えていないんだけど,その言葉が頭に浮かんで,ここ数日私は生活することに没頭した。

食べて,人と話して,仕事して,笑って,ご飯食べて,薬飲んで寝る。

お腹も空いたし睡魔もちゃんときた。少々早朝覚醒があるのはご愛敬。

そんで休日ぼーっとしてたら,不意に主治医の声が思い出された。

声,たたずまい,雰囲気,温度。

その時に改めて私の中に染み込んだ。主治医は死んでしまった。もういないのだと。

私は悲しいんだと。

 

難治性の精神疾患を抱えている人にとって,主治医は命綱。

自分のうつ病の悪化がものすごく怖かったんだけど,違う,それ以上に,

私は悲しいんだと。

 

ここで,「なぜ私が生きて彼は死ぬのか」と絶望に向かって超特急になるのが今までの私。

でも,今はちがう。私は生きる。

 

今日,主治医が「仙台で診てもらうならこの先生じゃなきゃダメ」と言われた仙台の主治医に転院先を相談してきた。

私,2020/04/01より,一年限りで今までとは全く違う環境で違う仕事をする。

 

土曜診療の病院しか通えないので,その先生が信頼できると言うクリニックを紹介してもらった。「何で今死ぬんだろうね,ひどいよね」なんて主治医の悪口を言いながら。

四十九日も迎えていないから,どこかでこの会話を聞いて苦笑いしてたでしょうね。

 

私は,今まで一度だけ仕事を辞めようとしたことがある。

大抵は,「働く!」と言っても「ダメ,休職,命令」と言う主治医だったんだけど,その時は「辞めるな」と言った。私は障害者雇用の枠で年金もらいながら暮らすつもりで,年金用の診断書も書いてもらったんだけど,「ダメ,辞めるな」と言われた。ので,出すつもりだった診断書が私の手元にある。今思えば,私は何となく生活を縮小して死に支度が頭の中にあったのだが,見事にお見通しだったのだと思う。

主治医が「あなたは見ない方が良いよ」と言うので律儀に中身は見なかったのだが,

訃報を聞いて,思い出して引っ張り出してみた。

びっしりと書いてあった。私の生育歴から病歴まで全部。私がわかってなかったことまで全部書いてあった。

こんなにわかってくれる人には二度と会えないと思う。

仙台の医師は,これは形見だからとっときなさい,と言った。

それにしても細かいね,こんな変な医者はなかなかいないけどねえなんて言いながら。

 

転院候補先の予約も取れたので,とりあえず行ってきます。

合わなかったら戻ってきなさいよ,なんて言ってもらえたから,多分大丈夫だろう。

 

人の死は等しく。誰しも死ぬ。何とありふれた当たり前のことか。

でも,悲しい。死ぬと言うのは,その人の温度が,一つ世界から消えることだ。

消えたら戻らない温度をみんな持っている。

 

明日からは全く違うところで全く違う仕事をします。

環境の変化がある時に死んじゃったことはちょっとうらめしく思ってるからね。

自分で「良いんじゃない」って勧めたのにさ。だから,見ててよね。

 

Hang in there Body clap your hands

Hang in there Body put your hands in Air!

Hang in there Body clap your hands

Hang in there Body put your hands in Air!


Dragon Ash 陽はまたのぼりくりかえす

 

 

 

 

わたしの主治医が亡くなってしまった。

わたしの主治医が亡くなってしまった。

葬儀は昨日だった。コロナウイルスのバタバタと仕事のバタバタ,自分の転勤のバタバタに塗れて,ちゃんと情報をチェックしていなかった。

お彼岸のお昼に旅立たれた。空は晴れていただろうか。

 

精神科医は,いや誰でもそうだけど,

でも精神科医の代わりなんていない。

わたしのうつ病が,生育歴からのPTSD由来であることを見抜き,10年近くに渡り,宮城で,秋田で,場を変えても私を死の淵から生きることへ引き上げてくれた。

 

私は,あの時,死ぬことが前提で生きていたので,1ヶ月先の予定も入れなかったのだ。自分で自分がいつ死ぬかわからないと本当に思っていたから。

私が自分のことを大切だと思っていなかった,生き方そのものが自傷行為だった,ことにも自分では気付けなかったのに,そのことも見抜いてくれた。生きていていいと思わせてくれた。

 

10年経った今は,スキルアップのために研究への道に足を踏み入れることができるようになったくらい,回復したんだ。

変わった私を見て欲しかったんだ。

まだ途中だったんだ。

死ぬなんてひどいじゃないか。

今死んじゃうなんて,ひどいじゃないか。

 

明日はちゃんと笑って仕事するから。だから少し泣くけど,

先生が死んだせいで私まで死なないように頑張るから。

私のうつは,後は自分で何とかせいって言うでしょう。

だから,何とかするから,でも少し,まだ天国にはいないんだろうから

まだ少し,力を貸してください。

 

私の親より,誰より,私を理解して導いてくださった。

誰よりも信頼していた。

でもいつか別れるのは知っていた。私は患者だから。

でも,突然すぎるから言いたかったことをたくさん溜めていたんだよ。

この気持ちをどこに投げればいいのかわからないからブログに書いたんだ。

葬儀には行かなくてよかったんだと思う。行かなくても伝わるでしょう。

 

私が秋田に通院することは,もう,なくなりました。

 

先生,さようなら。

励ましてくれたこと,怒られたこと,力を貸してくれたこと,閉鎖病棟に入れたれたこと,言い聞かせてくれたこと,白衣姿,白衣じゃない姿,書いた本,ブラックジョーク,忘れないから。

さようなら。

さようなら。

nanacoカードを紛失した話

nanacoカードを無くしてしまった。どこを探しても出てこない。

 

キャッシュレス化推進,そんなことには関係なく,以前から「近所に系列店が多いから」という理由で所持していた。

自分のそそっかしさは自覚していたので,キャッシュカードとは紐つけず,最小限のチャージしかしていなかったのが幸いし,被害はほぼない。

 

そんなこんなで再発行手続きをしようと思いつつ数週間。

やっと重い腰を上げてみた。

 

ちなみに私が所持していたのは,「クロネコメンバーズ」発行のnanaco

以前にセブンイレブンで作ったnanacoかつてあった,後にこれが面倒なことになる。

再発行の手続きをば。

 

nanacoお問い合わせセンターに電話

 これは24時間受付。しかしナビダイヤルである。すぐつながった。

 本人確認のため,氏名や生年月日を聞かれるが,私の名前はちょっと読みにくい名前のため,何度も名前を聞かれるが仕方ない。

 名前を3回言い,氏名の漢字の綴りを二回言い,ようやく「確認が取れました」と言われたのが,前述のセブンイレブンで作ったnanacoであった。(既に破棄)

 いや,使っていたのは「クロネコヤマトの」と言ったら,「それはここでは手続きはできない」と言われ,ご丁寧にクロネコの問い合わせ電話番号を教えてくれた。

 ありがとう勉強になった。

 

クロネコヤマト問い合わせダイヤルに電話

 フリーダイヤル。しかし,受付19時まで。祝日だからなのかなかなかつながらなかった。

 本人確認は驚くほど簡単に済んだ。ありがとうありがとう。

 nanaco再発行手数料は300円。これはどこで発行したnanacoでも同様。

 再発行されたnanacoは,クロネコヤマトのドライバーさんが配達してくれるそうだ。なんかすみません。その際に再発行手数料を支払う。

 ただし再発行までには2週間程度必要。

 

いろんなところでnanacoは発行されているんだな。たかがnanacoされどnanaco

再発行されたものを再度アプリに紐づけるのがなんか厄介そうだが,身から出たサビなので仕方ないですね。

 

そんな顛末でした。

https://www.instagram.com/p/B8s2_ERlXL1/

全然脈略がないんですが,いま一番うまうまスイーツと思ってる

ミニストップバスク風チースケーキonソフトクリーム乗せ。

カリカリのカラメルトッピングがより美味しさを醸し出す。

 

本当なら毎日でも食したいが,さすがに自制している。。。

 

 

2020大学病院終了&秋田通院終わり

新年はじめてのブログが通院ブログになってしまった。

 

大学病院による通院が終わりました。

翌日に秋田へ通院してきました。

 

大学病院では,耳鼻咽頭頚部外科へ。

軽い副鼻腔炎と,なんと逆流性食道炎との診断でした。

あと,続く耳鳴りは軽度の難聴(特定の周波数の音のみ)によるものということもわかりました。

副鼻腔炎だけでも「ええ」なのに「逆流性食道炎」で「ええっ」となりました。

自覚症状がなかったので。あとあれはおじさんがなる病気では(偏見)

多分若い医師に「生活習慣を見直してください。暴飲暴食はしないとか,就寝する5時間前に食事を終えるとか」と言われました。

これ以上どうすれと(泣)

暴飲暴食っていうか寝れなくて食べれなくて困ってんのよと思うも,

 

昨年体重が急速に減ったこと(食欲減退)も,体調が悪い時に起こす声枯れも,吐き気も,喉や食道が良くないからなのかもしれないなあと思いました。暴飲も暴食もできないので,いわゆるひとつのストレス様の仕業でしょうか。

 

耳は,良くならないが,これが悪化することもないでしょうと。

つまり耳鳴りは消えないんですな。

聴力検査のグラフを見せてもらい,「私は高音が聞こえてないんですね」と確認すると,「そうですが,話を聞くには不自由はないです。耳は,膝関節なんかと同じく消耗品ですから仕方ないです」と励まされました。これには苦笑いしたよね。

大学病院の大先生だったら換えの部品出しなさいよ。

私は音楽聴くのが唯一の楽しみなんだよこの,あと君は話し方考えなさい。

ノイズキャンセリングヘッドホンを買う理由がひとつ増えたよね。

脳から聞こえる耳鳴りは,キャンセリングできるのか。

 

その後,総合診療科へ。

全ての検査を終えて,腫瘍や神経系,免疫系の異常がないことを丁寧に確認していただき,また,主訴だった体調不良時のリンパ節の腫れも,処方された漢方によって押さえられることを確認していただき,紹介元の秋田の精神科へ「診療報告書」を作成していただき,大学病院での診察はこれで終了となりました。

 

総合診療科の先生は,外来担当でない時間にも時間を作って診察に応じてくれたり,非常に丁寧に身体の不調を確認してくださったり,大変ありがたい機会となりました。これで,自分がターゲットにすべき病気がはっきりしました。

「ここ数ヶ月の検査で,深刻な異常がなくて本当に良かったです」と目を見ておっしゃられました。良い先生に担当していただきました。感謝。

 

翌日秋田通院。今月も代診の先生でした。

秋田の主治医がどうして休んでいるのかについて理由は知っているので,これは仕方ないのです。代診は秋田大学病院の若い先生です。軽く大学病院のことと体調をお話しし,同じ処方をしていただく。

ただ,来月の診察は,代診の先生の都合がつく日しか診察がないので,ちょっと来月ピンチです。「薬を切らす」ことはとても怖いことなので。

 

窓口の医療事務さんも,「いつに照準を合わせて予約を埋めていくか」について話し合ってたし,患者もそれを聞いて「ああ」となっていたし,これに関しては了解オッケーです。私は事情を話して仙台の病院の予約取れるか動いてみようかと思っています。

来たり来なかったりする患者は,本来失礼極まりないことは承知してはいるのですが。

 

秋田へ行く途中の新幹線車内で,うっかり海老カツサンドイッチを一切れ食べてしまい(私は甲殻類アレルギー)今回は「勝手にハードモード」な旅となりました。

お腹痒い,軽い吐き気,口の中に口内炎みたいなやつ。

ミックスサンドイッチにエビ入れるかエビ!

 

教訓:「良く見て買え」


星野源 – Same Thing (feat. Superorganism) [Official Video]

今月新幹線の中でずっと聞いてた曲。

くさくさした気持ちが晴れます。