手を伸ばす前のまわり道

うつ病のこと、猫のこと、大好きな音楽のことの雑記です。

大学病院受診と11月末秋田通院終わり。

今月も秋田に通院してきました。

 

先月の受診で、地元東北大学病院総合診療科へ紹介状を書いてもらっていました。

主訴は首のリンパ節の腫れと舌の痺れ、止まぬ耳鳴り。

そこからが長かった。

東北大学病院は「特定機能病院」患者が紹介状を持っていても「基本的には」医療機関から直接連絡がないと診察予約自体が取れないシステム。

 

それが分かったのが秋田から帰った翌週だったのですが、(大昔大学病院を受診していたのですが、システムまる代わりなのですね)

秋田の精神科の事務さんががんばって何度も病院と勤務中の私(日中電話を取れるのは極々限られた時間)と何度も何度も何度も(∞)連絡を取ってくださり、無事11月の一コマだけ空いていた診察予約枠をもぎ取ってくださったのです。私は「もういいやー」となりかけていたのに。

 

高い塀を乗り越えたら、大学病院は徹底的に診察してくれました。

血液検査、尿検査、レントゲンにエコーと一通り全身を診てくださり、薬を処方され、リンパ節や甲状腺、その他明らかな異常がないことをその日のうちにデータとして出してくれて(後日さらに出るものもあるらしいですが)12月もう一回受診できるよう調整し、さらに耳鼻科、頚部領域の専門科に予約も入れてくれました

うつ病人だから「ストレスですね」で済まされたり、内科耳鼻科外科とたらい回しにあったりしていた私の症状について確定診断をすべく動いてくれました。

紹介元の精神科にも処方した薬の情報が入ってました。

まともに向き合っていただいた病院は初めてなので感謝しかないです。

 

そんなわけで行った秋田の精神科。

11月は、まあ大きな仕事が一段落した後というのもありますが、抑うつ症状が出ることが、なんと「無かった」。大学病院のため休暇を取り、そのせいで残業も結構あったんですが、入眠の困難さも、起き抜けのひどい怠さとうつも、なかった。

帰宅した後、映画やドラマさえ観ることもできたんです。それでも朝うつが出ない。

 

普通。

こういう普通、は何年ぶりだか思い出せない。

そんな日々を過ごしていました。

秋田の主治医からは、「治らないうつ病PTSDもない」と言われました。

実感がないですが・・・。

面白い話を聞きました。

主治医は漢方も結構使うのですが、漢方(東洋医学的?)な考え方の一つとして、

病は下から上に来ると。

喉や耳など、耳鼻科領域の病を経てうつ病などの脳の病気になる。

治る時も然り。揺り戻しのように、耳鼻科領域が揺れて脳の病気が良くなると。

そういう考え方もある、という話を聞きました。

 

私は甲状腺と内耳が悪く、でもそれが明らかになったのはうつ病の診断の後だよなあと思いながら帰ってきたのですが、

思えば、うつ病の診断の前は、腹痛、頭痛、胃痛と吐き気のカルテットが日常の日々を送っていたな、と思い至りました。4つの症状があるのが普通。

今思えば、なんであんな思いをして這うように仕事してたのか謎ですが、その時期自体既にうつ病になっていたのかもしれません。

 

それを踏まえ、主治医には「養生」と念を押されて帰ってきました。

「治ってきた」と言うと、治らないように逆の行動をとる患者もいるからね、と。

それも分かるような気がする。「直ってきた」=「(病前の自分に)戻ってきた」と思いたい自分もいますから。

でも、そうならないよう気を引き締めていかないとなと。

30代という時間を、丸々うつ病PTSDに取られた意味がなくなってしまう。。。

 

ここからは主治医に話し忘れたことなんですが、昨日職務上の緊急対応をしなければならない状況になりました。

その時の対応は結果的にはミスなく終えることができたんですが、

緊迫した時、状況を見る、指示を出す、記憶する、計時する、という多くのタスクをこなすことについて、もう今の自分は出来なくなっていました。

必要最低限のことに注力する力しかないんです。

でも大丈夫でした。落ちた部分の記録は他の人が取っていてくれたのを有難く使わせていただいて、無事応対できました。忘れそうになった物はわかりやすくまとめてくれる人、私の私物を持ってきてくださる人、指示から落ちた部分を補ってくださる人、そのために調整に動いてくださる人。

少し前の自分なら落ち込んだかもしれません。

ようやく人に頼れるようになってきたのかもしれません。

そして、こういう時、必ず次の日寝込むんですが大丈夫でした。

 

少し人間に戻ってきたのだろうか。