手を伸ばす前のまわり道

うつ病のこと、猫のこと、大好きな音楽のことの雑記です。

Fishmans

12月に入ってからFishmansを聴いている。

先日のプラネタリウムでのライブで、「いかれたBaby」のカバーを聴いたり、テレビでスカパラを見たりして、記憶の扉が開いた感じでずっと聴いている。


Fishmans いかれたBaby 1993

最近知ったんだけど、佐藤くんがいなくなって20年だとか。

欣ちゃんがクラウドファウンディングでフィッシュマンズ の映画を作ろうと奔走していたことも最近知った。とっくに成立していたんだけれど、知っていたら迷わずぼーんと行った。悔しいけど嬉しい。映画は絶対見に行く。

 

フィッシュマンズの佐藤くん(当時そう呼んでいたので恥ずかしいがこう呼ぶ)が亡くなったことは、私にとって、好きなミュージシャンがこの世から突然いなくなってしまうという初めての経験だった。今みたいにネットなど普及しておらず、地方都市にいた私はそれを本屋で、音楽雑誌の表紙を見て知り、呆然としたことを覚えている。

風邪をこじらせて、とそこで読んだと思う。

よくあることで、亡くなった理由については今も変な噂が流れているようだけど、私はそれを信じている。

 

二度と彼の作る新しい音楽も、あの声も聞けないんだと。

唯一無二なのに。


Fishmans - Baby Blue - 1996-03-02 - 新宿 Liquid Room

 

あれから20年か。

とっくに私は佐藤くんの年齢など通り過ぎ、途中立ち止まって追い越してしまうなと思った時はあったような気がするけど、何を為す訳でもなく生きている。

 

思えば、フジファブリック志村正彦も、ミッシェルアベフトシも亡くなって10年の年だ、今年は。

突然思い出すのは、何かの区切りなのだろうか。

 

BSで「Life is FUJIFABLIC」という番組を先ほど見た。

フジファブリックも、フィッシュマンズも、形は違えど音を鳴らし続けている。

両者とも、「この音は消してはいけない」というようなことを言っていたように思う。

 

フィッシュマンズ茂木(もうスカパラのドラマーといったほうが通りがいい)が、

フィッシュマンズはノスタルジーじゃない」と言っていた。何度かな出てものめり込める、と。本当にそうだ。フィッシュマンズも、佐藤くんの音楽も、さらに言えば志村正彦も、アベフトシも、ノスタルジックじゃない。

 

最近は特に志村の命日付近になると湿度の高いネット記事が雨後の筍のように。そういうのがすごく嫌だったのは、私にとってもノスタルジーじゃないからだと気がついた。フィッシュマンズも、フジファブリックも、アベのギターの音も。多分、この先もずっと。

 

20年経ってまたフィッシュマンズを聴いて思うのは、当時の空気と、今に繋がる大好きな音楽の根っこ。佐藤くんの声もさることながら、ベースラインとリズムが好きなのは、今好きな音楽にずっと繋がっている。

 

当時はお金もなかったし(学生だったし)精神的にも環境的にもいろいろ大変な時期で、ライブに行けないままだったミュージシャンなんだけど、。見ることが出来なかった分、聞き返したら断片的にぽろぽろといろんなことを思い出す。

 

そんな幸せな音楽を通過してきて良かったと本当に思う。

 

フジファブリックは、ライブチケットの抽選待ちである・・・。


フジファブリック 『手紙』(期間限定full size version)