手を伸ばす前のまわり道

うつ病のこと、猫のこと、大好きな音楽のことの雑記です。

新しい病院に行ってきました。

転院先の病院に行ってきました。

ふたつ紹介されまして,自宅から近い病院もあったのですが,そちらは新患数ヶ月待ちの状況から,近隣の心療内科が閉院したことにより,完全にパンク,新患は受け入れていないとのこと。どうも仙台は精神科・心療内科が足りていない状況とのことです。

車で40分くらいの心療内科へ。

仙台の主治医の紹介でしたが,秋田の病院から着払いで送ってもらった「診療情報提供書」(主治医がもう亡くなっているので,紹介状ではないのです)をそのままもっていきました。

厳封されてたのでもちろん中身は見ずに持っていったのですが,封筒の中にはカルテの写し全部,障害者手帳用の診断書,障害者年金を受けようと思ったときの診断書,とにかく全てが入っていました。

 

私,主治医がお亡くなりになったことを知った時,事務さんに「カルテの写しをもらえないか」と頼んで,断られていたんですよね。主治医は東日本大震災の教訓から紙カルテにこだわり,それを問診しながら患者の目の前で書くスタイルだったので(隠して書いてたこともあったけど)それがあれば安心すると思って頼んだのですが,

事務さん,閉院の準備やら患者の対応やらでそれどころじゃない。

開示請求に応じる人もいない。(主治医の命日をもって閉院となっていました)

 

ところが,「診療情報提供書」にはその全てが入っていました。

これは,主治医がやったんですな。と思いました。

託すつもりでやったんだなと思いました。

最期の入院は一月のお正月休み明けてすぐ。

その直前に,正月休み中に主治医がクリニックに来ていた様子はあったんですが,

もしかしたら,自分ではわかっていたのかもしれません。

 

あとでちょっと泣きましたよね。

 

新しい病院,今の処方から変えないで欲しい,と頼んだらそのようにしてくれて,

悪い印象はなかったので,ここに通うかもしれません。期間はわからないけど。

 

今ちょっと体調を崩してます。

昼間でも抑うつが度々酷くなるのと,思考ができなくなることが結構あることと,

頭痛や食欲不振が出ています。

 

今年から勤務先と仕事内容が一年限定でガラリと変わり。

困ったときの主治医はもういないし,

チームでコミュニケーションを取り共同して研究するのが今の主な仕事なので

うつで全く自分が使い物にならないことがあります。

環境の変化,信頼する人の死,何だか不安や怒りが渦巻く社会情勢,こんな状況だから悪化は仕方ないなと思いつつ,自分でコントロールできないところまでの悪化が心から怖い。

どこかで言ったかもしれないけど,脳には勝てない。

工夫とか気分転換とか,そう言うのは次元の違う話で。

そんな毎日です。

チームにさっさとカミングアウトしたいのですが,まだ出会って間も無い人に話すには少々配慮が必要かと思われるので,抑うつバリバリの時は「感じ悪いなあ」と思われているかもね。

 

うつの,特に難治性の精神障害のカミングアウトに対する反応は実に様々ですが,相手に不安や負担を与えるのは確か。

 

何で私こんな時に共同研究に参加したんだろう。

一人で論文書くんだったらこんなに苦しくなかった。

 

今は弱音しか吐けないですけど,そのうち楽しい話をしたいものですね。