手を伸ばす前のまわり道

うつ病のこと、猫のこと、大好きな音楽のことの雑記です。

相変わらず通院はしている

ブログには書かなくなったが,相変わらず4週間に一回の通院をしている。

今通っている病院は,近くに道の駅のような農協の直売所があるのだけが楽しみなのだが,

今日は季節のせいか災害のせいかコロナのせいかそれとも全部なのか

買えたのは小ぶりの固いトマトだけだった。

 

新しい病院の先生には,秋田通院時と同じ薬を毎度処方してもらい,

真面目にやりすぎず適当にやったほうがいいね,などと言われたりする。

 

暗いニュースばかりだ。

連休中は,連休が終わることに恐怖が募るというなんとも本末転倒な過ごし方をし

今日は出勤できなかった。明日は頑張る。

 

体調はずっと良くはなく,常にうつ。寝ると悪夢ばかり見るのが嫌。

ただ,強い情緒の乱れはない。夜はやっと息が吸えるようになる。

でももう亡くなった秋田の主治医のように

私の精神と身体と認知の歪みを知っている人はもういないので

自分で自分の身体を管理する他になく,

自分で自分に「まだいけるか」「もうダメか」と問う日々。

もう全部放り出してしまいたくなることもある。

秋田の主治医は,(きっと亡くなる気などさらさらなかっただろうけど)

最後まで私を生かそう生かそうとし,

そして何度かはっきりと,時にはさりげなく

「いつまでも独りでいるのはやめなさいよ」

「仕事以外に没頭すること作んなさい。宿題。」

「彼氏作りなさいよ」「なんかサークル入ったりしなさいよ」

などと繰り返し言っていたなあと思い出す。

 

今も「いつまでもワタシに頼らない!」などと言っているかも知れない。

過去を振り返るな,「今」に関係ない,とも言っていたなそういえば。

 

今年はいろんな実践をしながら研究するのが仕事になったのだが,

このコロナ禍で実践など出来るはずもなく,

でも「実践している」体で物書きをしてなさいというのが上の人の指示。

それが仕事という究極の無駄な一年を過ごしているので

(そして「実践していないじゃないか」と指導を受けるのも仕事のうちらしい)

自分が居る意味がますます分からなくなっている。

 

うつを究極に悪化させないのがせいぜいの目標かと思う。

 

このブログ,猫の記事を見に来てくださっている方が多数の模様。

 

うつ病の記事を独立させようか考え中。

ブログもTwitterも,本当は記録したり吐き出したりするために始めたんだけど,

続けているとそれ自体が人格を持ってしまうかのよう。

言いたいことを言えないように書きたいことばかりを書けなくなるのはなぜだろう。

難しいものだ。

 

猫の足の治療もコロナで頓挫してます。

そんな日々。